「歴史と人物に学ぶほど、生きた学問はない」
~ 自らの使命を果し ~
校長 鍵谷 好徳
ご両親や多くの人々の愛情を受けて、人がこの世に生れてきた意味は何でしょうか。そのことについて、「人々のために、使命を全うする」という一つの答えがあります。さてその使命とは何でしょうか。これは人に教わるのではなく自分自身で真剣に努力して見いだすものと考えます。決して、人に教えを請うだけでは得ることができません。自らも、多くの文献にふれあい研鑽を重ねることで、様々な古人の生き様に出会い、学びながら考えを巡らし実践へとつなげていく者と考えます。この繰り返しの中で、自らの使命になるものが見えてくるのではないでしょうか。
さて、江戸時代に多くの方々が知っており、米国の故ケネディ大統領が最も尊敬した日本の人物、政治家として「上杉鷹山」と言う人物がおりました。彼は苦しくて米沢第9代藩主の座につくのですが、そのころの藩の財政は極度に悪化しており、回復が困難と言われる状況にありました。若き鷹山は誰もが尻込みをする中、柔軟な思考力、果断な実行力を持って、藩の立て直しに邁進することになります。
しかし、この大事業には幾多の困難がありました。一つには、旧来の考えに固執する家臣をはじめ様々な人々による、前例踏襲主義からの抵抗、一つには新たな試みをうまく活用するための自らの力量を高めることへの消極的傾向など、幾多の苦難が鷹山を苦しめました。それでも、鷹山は、心折れず三十余年の歳月をかけて大きな成果を上げることになります。まさに鷹山が自らの使命を理解して、信念を持って藩の改革に取り組んだ実例であります、鷹山の信条歌にその心が詠われております。
「なせばなる なさねばならぬ 何事も
ならぬは人の なさぬなりけり」
この歌は多くの企業はじめ様々な分野のリーダー達が手本としているところです。学校教育の中にも、鷹山の信条歌に通じるところが多いと感じます。時代はかつてないほど進み、学校教育の中にも「未来に向けた新しい価値観の創造」が強く求められるなど、以前にまして「教育の質」が問われ、さまざまな教育活動への本物志向が強まっています。ですからそれぞれの学校の特色を出そうと努力しているところです。
ところが現在の日本の若者は内向き志向が強くなり、新しいことや新たな世界への挑戦には消極的になってきています。多くの若者が留学や海外勤務の希望が減少していることもその一例でしょう。これは日本に追いつき追い越せとばかり急成長しているアジアの若者をはじめグローバル化や情報化が進む国際社会との動向とは異なり、我が国の喫緊の課題と考えます。歴史を振り返ると明治の若者はどう
あったか、高度成長期の日本はどうあったか、常に若者は新しいことに挑戦を続けてきたのではないでしょうか。
新時代を生きる若者に対して、日本人としての「不易」を大切に守る人間性と「流行」としての社会変化に対応できる能力など、バランスのとれた資質能力の育成が求められ、人間は如何にして生きていくかを念頭に、21世紀型能力といわれる「思考力」を中核として、それを支える「基礎力」、使い方を方向付ける「実践力」を培うなど「知の世紀」と言われる現代をしっかり生き抜く学力の向上とともに、日本人としてのアイデンティティを確立させ、また社会に貢献できる豊かな共感力を高めた人間性や人に恥じない信義ある生きかたを学ばさせなければなりません。
最後に、
「楽すれば、楽が邪魔して楽ならず。楽せぬ楽が、はるか楽々」
教育と学問もまたこの通りです。本校の資質高き生徒諸君のために、保護者の皆様と共に、社会に有為な若者に成長させるべく努力を続けたいと思います。今後とも力強いご支援を賜りますようお願い申し上げます。